麻生太郎さんの最側近と噂されている薗浦健太郎(そのうらけんたろう)議員。
大学卒業後に読売新聞に入社というごく普通の経歴から、あっという間に自民党副幹事長にまで上り詰めた超やり手の議員さんです。
一体どのようにして新聞記者から大物政治家へと転身し、華麗なる経歴を作り上げていったのでしょうか?
最近は政治資金問題で世間から袋叩きにあっていますが、薗浦健太郎議員の評価はどんな感じなのかも気になりますね。
そこで今回は、
- 薗浦健太郎の評判は?
- 薗浦健太郎の経歴が評判上々!
- 薗浦健太郎の経歴は評判のエリート新聞記者
- 薗浦健太郎の経歴は麻生太郎の最側近
についてお送りします。
薗浦健太郎の評判は?
平々凡々な経歴から一気に政治家として花開いた薗浦健太郎議員。
華麗なる経歴街道を駆け抜けた薗浦健太郎議員の世間の評判はこちらです。

経歴が凄いのに、政治資金問題で現在メディアから総叩きにあっています…
政治資金収支報告書は秘書が全て作りボクに「できました」と報告するから「しかるべく」で2、3分…と四千万円記載漏れの薗浦健太郎( ̄O ̄;) 「資料は1年で廃棄してるから昔のことはわからない」の山際大志郎に匹敵する稚拙な弁解だ。本当なら国会議員の資格はない。さっさと辞めろ。#自民党 #nhk
— 国見協一 (@kyoichizax) December 14, 2022
特権か何か知らんけど、一般人やったらこんなんでおれるんか? 1億脱税してた芸人にしても、世の中おかし過ぎるんじゃ!ボケ!
自民 薗浦健太郎衆院議員から任意で事情聴取 東京地検特捜部 | NHK https://t.co/Col5ITgmAp— まさかーず (@masa_kitauti) December 13, 2022
薗浦健太郎さんの議員辞職は当然ですし、必ず罪を償わせないといけませんよ❗️
衆議院千葉5区の有権者として絶対に許せません❗️
自民・薗浦健太郎議員の政治資金パーティー収支4000万円不記載 東京地検が任意聴取へ https://t.co/zwNzvnfdV7 #日刊ゲンダイDIGITAL
— Toshi@櫻井利彦☮️🌈 (@toshi_hope) December 13, 2022
薗浦健太郎議員の地元・千葉5区の有権者も大激怒な事態ですね…
#薗浦健太郎
麻生太郎氏の元秘書、元読売新聞記者の薗浦健太郎衆院議員が東京地検に任意聴取。公設第一秘書が政治資金パーティー収入約4000万円を政治資金収支報告書への不記載を意図的に行っていたことを認めたと報じられた薗浦氏との会話の録音記録も地検が入手。意図的な裏金づくりの疑いが濃厚 pic.twitter.com/7EKeVYNsU7
— アイシス太郎 (@isistarou1) December 13, 2022
麻生太郎さんと悪い話してそうな写真ですね(笑)
しかも、薗浦健太郎議員は外務大臣の補佐として岸田首相と親交が深かったから岸田首相にとってもダメージ大なのでは…?
平凡な新聞記者からエリート記者に転身し、さらには政治家へと昇りつめた薗浦健太郎議員ですが、現在の評判はかなりヤバ目ですね(笑)
薗浦健太郎の経歴が評判上々!
自民党の薗浦健太郎(そのうらけんたろう)議員の評判上々な経歴はこちらです。
引用:薗浦健太郎公式サイトより
1972年6月3日 | 香川県高松市で生まれる |
1996年 | 読売新聞社に入社(千葉支局配属)。千葉県警を担当 |
1997年 | 千葉支局で千葉市・市原市・四街道市を担当 |
1998年6月 | 市川通信部に転勤。市川市、浦安市を担当 |
2000年6月 | 千葉支局に転勤。千葉県庁を担当 |
2001年5月 | 東京本社に転勤。社長室広報部に配属される |
2002年9月 | 政治部に配属される。首相官邸・厚生労働省を担当 |
2003年 | 読売新聞退社、衆院選に挑戦するものの落選 |
2004年2月~2005年7月 | 麻生太郎総務相(当時)の政策秘書を務める |
2005年 | 衆議院選挙に千葉5区から出馬し、初当選 |
2009年 | 衆議院選挙に千葉5区から出馬するも落選 |
2012年 | 衆議院選挙に千葉5区から出馬し、復活当選 |
2014年9月 | 第2次安倍改造内閣で外務大臣政務官に任命される。衆院選で3選をはたす |
2016年8月 | 第3次安倍第2次改造内閣で外務副大臣に任命される |
2017~18年 | 第3次安倍第3次改造内閣で内閣総理大臣補佐官 (国家安全保障に関する重要政策担当)に起用される。衆院選で4選をはたす |
2019年9月 | 河井克行氏にかわり、自民党総裁外交特別補佐に任命される |
2020年9月 | 自由民主党副幹事長、選挙対策委員会副委員長に就任 |
2021年10月 | 衆院選で5選をはたす |
薗浦健太郎議員は1996年に東京大学法学部を卒業後、読売新聞に入社します。

東大卒の割には意外と普通の経歴からスタートしたんですね
薗浦健太郎議員は2001年に読売新聞東京本社に転勤となり、29歳の若さで評判となり、社長室広報部というエリート職に就任します。
その後31歳の若さで読売新聞を退社し、千葉5区の地盤を引き継ぐ形で衆院選に出馬するものの、初めての選挙は落選。
縁あって当時総務大臣だった麻生太郎さんの政策担当秘書官を務めたことで、2回目の選挙では33歳という若さで初当選を果たします。
30代は選挙で当選・落選を繰り返していたものの、2014年の第2次安倍改造内閣で外務大臣政務官に任命されたことで薗浦健太郎議員の地位は強固になっていきます。

大臣政務官とは、各大臣につき2~3人しか任命されない超エリート官僚のこと!
さらに2017~2018年の第3次安倍・第3次改造内閣では、内閣総理大臣補佐官まで務めています。
一新聞記者としてスタートした経歴の薗浦健太郎さんは、とんでもないスピードで出世している評判の人物であることがわかります!
薗浦健太郎の経歴は評判のエリート新聞記者!
自民党の薗浦健太郎(そのうらけんたろう)議員の経歴は、読売新聞で東京本社社長室広報部に所属していた評判のエリート新聞記者です。
薗浦健太郎の経歴スタートは超普通
現在は世間からの評判はあまりよくない薗浦健太郎議員。
東京大学法学部卒業後、1996年に読売新聞に入社して千葉県警担当として経歴をスタートさせます。
引用:自民党ホームページより
新人新聞記者は記者としての最初の仕事で警察担当になること(察回り:さつまわり)が多いそうで、1年の経験を積んだ後に1997~2000年は千葉県の市政に関わる記者を担当していました。

めちゃくちゃ普通の経歴スタートで、平々凡々なキャリアですね
薗浦健太郎の経歴転換点は千葉県庁担当
平々凡々の経歴を辿っていた薗浦健太郎議員ですが、転換点は2000年の千葉支局転勤でした。
転勤後は千葉県庁の担当記者として仕事をしていた薗浦健太郎議員は、ここで一気に政治家や著名人とのつながりができて評判の人物になったのだと思われます。
県庁に勤める記者はどんな仕事をしているのか調べてみたところ、都庁を担当している新聞記者の気になる発言を発見!
18:00以降
実はここからが、新聞記者の腕の見せ所。週2~3回の頻度で、いろいろな人と会食に行きます。私の場合は、政治家などの取材先と会食することが多く、必ず個室を使います。この会食は、新聞記者にとってとても大切な時間。人脈を作ることで、いろいろな情報を得ることができるようになるからです。
間違いなく薗浦健太郎議員も関東県の県庁担当ということで、政治家と繋がっていた可能性は考えられますよね。
それを裏付けるかのように、薗浦健太郎議員は1年後に、読売新聞東京本社の社長室広報部というエリート職に29歳の若さで抜擢されています。
薗浦健太郎のエリート記者経歴
東京本社に転勤後、薗浦健太郎議員は社長室広報部というエリート職と評判の仕事に就任します。

社長室とは会社のトップが在籍する部署で、社長のサポートを担ったりするエリート集団のことです。
読売新聞社長といえば、「メディア界のドン」「政界フィクサー」とも呼ばれる渡邉恒雄さんだということは有名ですね。
誰もが恐れる渡辺恒雄社長の下で仕事をしていたのは、それだけで信頼に値する凄いことのようです!
のちに薗浦健太郎議員を最側近に任命している麻生太郎さんも、薗浦健太郎議員のことを、
読売ではナベツネ(渡邉恒雄主筆)の社長室にいたんだぜ
と大絶賛し、薗浦健太郎議員の評判はうなぎ登り!
あの麻生太郎さんが大絶賛するほどですから、かなり凄い経歴だということがわかりますね!
薗浦健太郎の経歴は麻生太郎の最側近
世間からの評判はあまりよくない薗浦健太郎議員。
薗浦健太郎議員の経歴をみると、再び転機が訪れたのは2003年のことです。
なんと31歳の若さで読売新聞を退社し、引退する議員の跡を継いで千葉5区から衆院選に出馬をしました。
しかし初めての選挙では、元市議会議員の父を持つ千葉県議会議員の村越祐民(むらこしひろたみ)さんに敗れ、残念ながら落選してしまいます。

何のバックボーンも持たない若者の薗浦健太郎議員が地盤を引き継いでの出馬できるわけがありません。おそらくですが、これは渡辺恒雄社長の意図だったでしょうね!
薗浦健太郎の政策担当秘書官の経歴
残念ながら初めての選挙では落選してしまった薗浦健太郎議員ですが、なんと当時総務大臣を務めていた麻生太郎さんの政策担当秘書官として採用されます。
政策担当秘書官とは大臣に1人しか付くことができない超エリート国家公務員のことで、各大臣に3人しか任命されない公設秘書の中で最も重要視されている秘書といっても過言ではない役職です。

これは破格の好待遇で政治家の経歴がスタートしていますね!
薗浦健太郎議員は2004年2月~2005年7月の約1年半麻生太郎さんの政策担当秘書官を務めた後に、2005年の衆院選で見事に初当選を果たしました。
園村健太郎は麻生太郎の最側近
2005年の衆院選で見事初当選した薗浦健太郎議員は、秘書を務めた麻生太郎さんの会派(麻生派)に入会します。
薗浦健太郎議員は着実にキャリアを積み重ね、
- 2014年:麻生太郎さんの親友である故・安倍首相の第2次安倍改造内閣で外務大臣政務官に任命
- 2016年:第3次安倍第2次改造内閣で外務副大臣に任命
- 2017年:第3次安倍第3次改造内閣で内閣総理大臣補佐官に任命
と、常に麻生太郎さんの側近として重要なポジションに任命されて評判は上々でした。

ちなみに外務大臣政務官、外務副大臣を務めた時代の外務大臣は…岸田文雄首相です!
2022年現在で、薗浦健太郎議員は自民党副幹事長にまで昇りつめ、麻生派からのネクスト大臣職も期待されている人物です。
まとめ
今回は「薗浦健太郎の評判は?経歴は元エリート新聞記者で麻生太郎の最側近!」と題してお送りしました。
薗浦健太郎議員は平々凡々な新聞記者として経歴をスタートさせましたが、読売新聞社長の渡辺恒雄社長の社長室広報部に抜擢されたことでキャリアが加速しました。
32歳という若さで麻生太郎さんの政策担当秘書官を務め、33歳で衆院選初当選。
その後は40代で外務大臣補佐職を歴任して、2022年の現在は50歳の若さで自民党副幹事長を務めています。
華麗なる経歴の持ち主で麻生派からの大臣職も噂されていた薗浦健太郎議員ですが、政治資金問題の疑いが浮上。
現在世間では薗浦健太郎議員に対して大バッシングが起こっていて、評判は結構ヤバめな事態です…